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不定期に更新してる日記です
by hmforest
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競走馬コラム~テンポイント最終回~
前回より続き・・・

有馬記念で、ついにトウショウボーイを破って勝利したテンポイント。
だが、テンポイントには次の目標が見つからなかった。
これ以上国内で走っても、古馬に残された大レースは天皇賞と有馬記念のみ(宝塚記念は今でこそ春のグランプリとされているが、当時は地位が低かった)。
しかもテンポイントは天皇賞に勝っているため、残るのは有馬記念しかない。
他の重賞も、過酷な斤量との戦いである。
そこで、陣営の目は海外・・・欧州に向けられた。
ヨーロッパで滞在競馬をし、最終目標は世界最高峰レース、凱旋門賞。
まさにファンにとっては夢のようなプランだった。
そして、海外へ旅立つ前にもう一度ファンにその姿を見せておきたい・・・
その思いからテンポイント陣営は、1978年1月22日の日本経済新聞杯(京都 芝2400m現・日経新春杯)に出走することを決めた。
今回テンポイントに課された斤量は・・・なんと66.5kgという異常な量であった。
ファンの「無茶すぎる」「出走は取りやめられないのか」等の声も少なくなかった。
しかし、今まで過酷な斤量を克服し、京都大賞典では63kgを背負いながらも圧勝していることから、このハンデも克服できるだろうというのが大方の見方だった。
1月の淀は、粉雪の舞う厳寒の真っ只中。
そんな中、日本経済新聞杯のスタートは切られた。
淡々とレースが進む。
テンポイントは第3コーナーでエリモジョージに並びかけ、先頭に立った。
そしていよいよ第4コーナーを迎える・・・その時。
「故障か、故障か、あっと故障か、テンポイントは故障か、これは故障か?」
杉本清アナウンサーの悲痛な声が響いた。
テンポイントは突然失速し、鹿戸明が下馬、厩務員が駆け寄っていく。
『粉雪の空に流星墜つ』
翌日の新聞にはその活字が並んだ。
ファンが思い描いた海外で走るテンポイントの雄姿は、京都の粉雪と共に吹き消された。

診断結果は左後脚複雑骨折。
競走馬としての悲しい性ゆえに、骨折した後も走り続けてしまったため、骨が露出し鮮血も噴出していた。
本来なら予後不良として安楽死処分になる筈であった。
しかしオーナーの高田氏は、関係者に「翌日まで待ってください」と願い出た。
ファンからの「助けてあげて欲しい」という声も止まない。
そして選ばれた道は・・・延命手術。
成功すれば種牡馬として後世にも血が残せる、その一握りの望みを託して手術は行われた。
立ち会った獣医師はなんと33名、サラブレッド1頭に対しては異例である。
2時間に及ぶ手術の結果、手術は成功し、テンポイントの脚には4本のボルトが入った。
そして、ここからテンポイントの過酷な闘病生活が始まる・・・

全国のファンからは「頑張れテンポイント」と描かれた横断幕やニンジン、千羽鶴がたくさん送られ、それらに囲まれ闘病生活を送るテンポイントは、連日新聞で報道された。
テンポイントの体は、残る脚に負担がかからないようベルトで吊るされ、厩務員達は懸命の介護を重ねる。
しかし2月22日、故障した脚とは反対の脚に蹄葉炎(蹄の内部の血液循環が悪化して炎症を起こす病気 進行すると完治しない)を発症してしまう。
体重が掛かり過ぎてしまったためである。
ここからテンポイントは急速に衰弱を始め、1978年3月5日午前8時40分、治療の甲斐なく全身衰弱からの心不全を起こし、天に召された。
故障時500kgあった馬体は、この時380kgにまで落ちていた。
実に、42日間の闘病生活はここに幕を閉じたのだった。

テンポイントの遺体は故郷である吉田牧場に送られ、葬儀が執り行われた。
参列者は約1000名、そして母ワカクモもその中にいた。
この悲劇の後、斤量の制度は大きく見直され、極端な酷量が課されるようなことはなくなった。
テンポイントのような馬は二度と出してはならない、その願いが込められた改革だった。

テンポイントの直系血筋は潰えてしまったが、甥のワカオライデンが地方競馬で大活躍した後に種牡馬として、地方馬でありながら桜花賞に出走したライデンリーダーを出した。
また、これも甥のフジヤマケンザンが香港国際カップ(当時GⅡ)を勝ち、テンポイントの果たせなかった海外重賞制覇を果たした。

ファンは彼を「悲運の貴公子テンポイント」と呼ぶ。
今もテンポイントは、母ワカクモや弟キングスポイント(障害レースで兄に勝る成績を残したものの、1984年第92回中山大障害で右後脚を骨折し予後不良となった。兄と同じ18戦目での故障であった)と共に、吉田牧場で眠っている・・・

競走馬コラム~テンポイント~  完
# by hmforest | 2005-02-23 19:28
競走馬コラム~テンポイントその4~
前回より続き・・・

宝塚記念を終え、1977年10月16日。
秋緒戦は去年3着だった京都大賞典であった。
テンポイントは馬体が+18kgと増えたが、太ったのではなく明らかに成長していた。
今回、テンポイントに課せられた斤量はなんと63kg。
実力馬が、現在では異常と思えるような斤量を背負うのは当たり前だった時代である。
レースは逃げる馬がいなく、自然とテンポイントが先頭に立つ形となった。
直線になり、後続との差は開く一方。
「差が開いた開いた。63キロもなんのその。63キロもなんのその。」
杉本清アナウンサーの実況の通り、テンポイントの加速は止まらない。
そして2着のサイコームサシに8馬身差の圧勝をきめる。
テンポイントは何キロ背負わされようが勝てる、皆がそう思った。
これが後の悲劇につながったのではないだろうか・・・

続くビッグレースは秋の天皇賞であったが、当時の天皇賞は勝ち抜け制で、1度勝った馬は出走できなかった。
このレースにはトウショウボーイとグリーングラスが出走したが、お互いのライバル心からか双方逃げあう潰し合いの形となり、グリーングラス5着、トウショウボーイ7着で勝ったのは春の天皇賞で3着だったホクトボーイだった。

天皇賞に出走できない以上、次に狙うは去年悔しい負けを喫した有馬記念のみ。
まずは前哨戦として、4歳上オープン(東京 芝1800m)を選んだ。
今回の斤量は別定戦で60kgだった。
京都大賞典では63kgだったのだから、何のマイナス材料にもならない。
テンポイントは言わずとも1番人気、2番人気は4歳から5歳にかけて6連勝をしたロングホークだったが、この馬も含めてテンポイントの相手が勤まるわけがない。
2着のロングホークに1馬身3/4差をつけて楽勝した。

そして1977年12月18日、テンポイントは中山のターフで有馬記念を迎えた。
トウショウボーイは引退の噂が流れていたが、もう一度でいいからテンポイントとトウショウボーイの対決が見たい、というファンの声に押され、テンポイントとのレースの為だけに有馬記念を引退レースとして出走してくれていた。
トウショウボーイ陣営は、天皇賞では7着と敗退し、これ以上無様な姿は見せられない。
そのために万全の仕上げで臨んで来ている。
また前年覇者としての意地もあった。
テンポイント側は、これがトウショウボーイとの最後の対決である。
これに勝たなければもう二度とトウショウボーイに勝つ機会はない。
このレース一本に絞ってきていたテンポイントも万全であった。
また、TTGの一角をなすグリーングラスも出走している。
3頭以外には今年の菊花賞馬プレストウコウもいたが、やはりこの3頭を前にしては格が違う。
人気はテンポイント2.0倍、トウショウボーイ2.2倍となり(グリーングラスは7.1倍)、早くも一騎打ちムードが漂う。
そして中山競馬場にファンファーレが鳴り響き、レースが始まった。
まずハナを取るだろうと誰もが思っていたスピリットスワプスが行かない、いや、行けない。
スタートからテンポイントとトウショウボーイの激しい先行争いが始まった。
他の6頭など眼中に無いかのように競り合う2頭、そして武邦彦(トウショウボーイ)と鹿戸明(テンポイント)。
グリーングラスはそれを虎視眈々と見ている。
観客は先頭でマッチレースを繰り広げる2頭に釘付けになった。
以下実況(長いです)
「トウショウボーイとテンポイント、馬体が合った、馬体が合った、馬体が合いました。馬体が合った、馬体が合いました。今年は、今年はテンポイントが内を通っています、トウショウボーイが外だ。さあ、さあ、この2頭です。内の方が、内の方が3番のテンポイント、その外がトウショウボーイ。早くも一騎打ちか。グリーングラスが3番手、プレストウコウ4番手。外を通ってわずかに、わずかにトウショウボーイが先頭だ。トウショウボーイまたこのあたりで1馬身の差をとった。そして2番手がテンポイント。栗毛が、栗毛が冬の日差しに光っています。2番手にテンポイント3番手グリーングラス。そして4番手、プレストウコウです。あなたの、そして私の夢が走っています。バックストレッチ、バックストレッチです。ゴールまであと1000メートルの標識を通過、8頭が固まってまいりました。8頭が固まった。ゴールまであと800メートル。トウショウボーイが先頭だ、そしてテンポイントがまた外へ行った。トウショウボーイが内へ入ってテンポイントが外。グリーングラスが3番手、トウフクセダンが内を通って4番手。プレストウコウが5番手であります。またテンポイントが外からかわす体勢か?テンポイントかわしたか?テンポイントかわしたか?トウショウボーイ控えているのかどうか。この2頭です、グリーングラスが3番手。プレストウコウ4番手、トウフクセダンが5番手であります。さあ、さあ、一騎打ちか。トウショウボーイがまたちょっと出た。これは世紀のレース、世紀の一戦だ!テンポイントがかわすか、かわしてしまったのか、テンポイントかわしたか、テンポイントかわしたか!トウショウボーイか、トウショウボーイか!テンポイントがかわした!テンポイント先頭、テンポイントが先頭だ!外からグリーングラス!外からグリーングラスが来る!外からグリーングラスが来た!テンポイント先頭だ!外から怖い怖いグリーングラス!テンポイント!テンポイント先頭!テンポイント先頭だ!内からまたトウショウボーイが差し返す!先頭はテンポイント、テンポイントだテンポイントだ、テンポイント~!!」
「中山の直線を、中山の直線を流星が走りました」
杉本清アナウンサーの名文句がまた一つ生まれた。
テンポイントはついに、トウショウボーイを破っての勝利を手にしたのだった。
このレースは、日本競馬史上に残る最高のレースとして今も語り継がれている・・・
ゴール前でのテンポイント、トウショウボーイ、グリーングラス









次回に続く
# by hmforest | 2005-02-22 18:00
競走馬コラム~テンポイントその3~
前回より続き・・・

1977年2月13日、年が明け5歳になったテンポイントが選んだ緒戦は、京都記念(京都 芝2400m)だった。
有馬記念では道中の不利があって2着となったためか、人気は単勝1.4倍のダントツであった。
逃げたエリモジョージも63kgというハンデのため下がっていく。
直線では5kgの斤量差でホシバージが迫ってくるも、クビ差凌いでの優勝。
6戦ぶりの勝利であったが、5歳初戦を勝ち良い滑り出しを見せた。
次なるタイトルは春の天皇賞。
前哨戦としての次走は、3月27日の鳴尾記念(阪神 芝2400m)を選んだ。
今回テンポイントは61kgの斤量を背負うことになったが、トップハンデはエリモジョージの62kg。
逃げるエリモジョージに続いて2番手でレースを進め、直線でもケイシュウフォードをクビ差抑えて優勝した。
天皇賞の栄冠はすぐそこに見えている。

1977年4月29日、テンポイントは第75回天皇賞(京都 芝3200m)を迎えた。
当時、古馬にとって最も名誉あるタイトルが天皇賞といってもよかった。
ファンはトウショウボーイを破ってのタイトル奪取を望んだが、その相手は両前脚深管骨瘤を発症してしまい、天皇賞を回避し東京へ帰ってしまった。
テンポイントは単勝1.8倍の1番人気に推され、続く2番人気は3.1倍のグリーングラス。
早くも一騎打ちのムードが漂い、ファンは菊花賞での雪辱を願った。
レースはゴールドイーグルが逃げ、テンポイントはグリーングラスをマークし5番手あたりを進む。
4コーナーで先頭に立つと、内から菊花賞の時のようにグリーングラスが並びかけるが、道中折り合いを欠いていたグリーングラスは脚が止まる。
後からはクラウンピラードとホクトボーイが追いこんでくる。
「今日は外のほうが怖いぞ!しかしテンポイント、これが夢に見た栄光のゴールだ。テンポイント1着!」
杉本清アナウンサーが叫んだ。
ついに念願のタイトルを手に入れたテンポイント。
京都競馬場には、ファンのテンポイントコールがいつまでも響いたのだった。
グリーングラスへの雪辱は果たした。
だが、天馬トウショウボーイを破ったわけではない。
トウショウボーイを破っての勝利こそ「最強」の称号が得られるのだ。

1977年6月5日、宝塚記念(阪神 芝2200m)。
この日、再びトウショウボーイとの対戦は実現した。
グリーングラスも出走してきており、菊花賞以来のTTG対決である。
今回は他馬がTTGを恐れ出走回避したため、上記3頭に加えてホクトボーイ、アイフル、クライムカイザー(いずれもGⅠ馬である)の3頭を併せた6頭でのレースとなった。
まずはトウショウボーイが先頭に立ち、ペースを落とす。
徐々にペースが上がり始め、テンポイントとグリーングラスがトウショウボーイを追いかける。
トウショウボーイもすぐさまペースを上げた。
他の3頭は最早ついて行く事もできない。
スローペースで脚を溜めていたトウショウボーイは全く脚色が衰えず、テンポイントもグリーングラスも馬体すら併せることができなかった。
テンポイントは3/4馬身まで迫ったものの、ついに勝つことは叶わなかった。
中距離ではやはりトウショウボーイは強い、強すぎる。
これから先、勝つことはできないのだろうか・・・

次回へ続く
# by hmforest | 2005-02-20 20:19
競走馬コラム~テンポイントその2~
前回より続き・・・

皐月賞の雪辱を果たすべく、日本ダービーに挑んだテンポイント。
1番人気はトウショウボーイに譲ったものの2番人気に推され、鞍上は関西のスタージョッキー武邦彦(武豊、武幸四郎、両ジョッキーの父)に任された。
今度こそは、とテンポイントのファンは信じてやまない。
好スタートを切ったテンポイントは前方でレースを進める。
一方トウショウボーイは、先頭に押し出される形になってしまいペースを乱している。
これならいける、誰もがそう思った。
そして迎えたゴール前、そこには先頭を争うクライムカイザーとトウショウボーイの姿があるのみであった。
優勝はクライムカイザー、2着トウショウボーイ、そしてテンポイントは5着。
実に優勝馬と7馬身差という内容に、ファンの誰もが唖然とした。
テンポイントはレース中に骨折をしていたのだ。
残る4歳クラシック最終戦、菊花賞に黄信号がともった・・・

春のクラシックでは惨敗が続き、さらに骨折までしてしまったテンポイント。
しかし陣営の懸命の努力で夏を乗り越え、骨折もなんとか完治した。
1976年10月17日、菊花賞に向けテンポイントは京都大賞典(京都 芝2400m)に出走する。
古馬との初対決、骨折休養明けということもあり、人気は6番人気と今までで1番低いものとなった。
レースも1着という訳ではなかったが、3/4馬身差の3着。
その時の杉本清アナウンサーが最後に言った、
「今日はこれで十分だ、テンポイントはこれで十分だ」
という言葉に、吉田牧場の奥さんは思わず涙したという話がある。
ファンにとっては、骨折休養明けのテンポイントが、無事に走ってさえくれればよかったのだ。
一叩きして迎えた菊花賞(京都 芝3000m)ではトウショウボーイ、クライムカイザーに続く3番人気であったが、2頭に比べてやはり人気には差がつけられた。
スタート後、テンポイントは好位に下げ、そこへトウショウボーイが並びかかり、お互い牽制し合うようなレースを進める。
クライムカイザーは中団で待機し、チャンスをうかがっている。
3コーナーあたりでトウショウボーイは仕掛けていったが、本来スピードがある代わりにスタミナに不安のあるトウショウボーイにはいつものキレがない。
テンポイントがあっさり並びかけ、先頭に立つ。
クライムカイザーは馬群にのまれたせいで上がってこれる状態ではない。
この時、全員が勝利を確信した。
「それ行けテンポイント、鞭など要らぬ、押せテンポイント」
杉本清アナウンサーの名言である。
だがしかし、その瞬間に最内から1頭の馬が姿を現した。
緑のメンコ(馬のマスク)をつけた黒い馬体はみるみるうちにテンポイントに迫り、そして抜き去った。
その馬こそ、後に「TTG3強」と呼ばれる1頭、グリーングラスであった。(TTの2頭は言わずもがな、テンポイントとトウショウボーイである)
トウショウボーイに先着はしたものの、ついに4歳クラシックでは無冠で終わってしまった。

そして、暮れの有馬記念(中山 芝2500m)に出走したテンポイント。
人気はかなり割れたものになり、出走頭数14頭で単賞人気10倍以下が6頭という中、テンポイントはトウショウボーイ、エリモジョージに次ぐ3番人気に推された。
レースも有馬記念史上最速となる非常に速いペースで前半が流れた。
トウショウボーイは5、6番手でレースを進め、テンポイントはそれを見るように内を進む。
徐々に外へ持ち出し、3コーナーで仕掛けるトウショウボーイ。
テンポイントも負けじと仕掛け・・・られない、ハイペースで足を使い果たした先行馬が壁となり、行き場をなくしてしまったのだ。
慌てて外に持ち出したものの、4コーナーで外に振られてしまうという不利を受けることになる。
結局、トウショウボーイを捉えきれず、2着に敗れてしまう。

皐月賞から5レース、優勝から遠ざかってしまっている。
こうしてテンポイントの4歳は終わりを迎えた。

次回へ続く
# by hmforest | 2005-02-19 20:39
競走馬コラム~テンポイント~
久しぶりの更新だが、今日は趣向を変えてコラムを書いてみる。
競馬に多少詳しい人で「テンポイント」と言えば、大概の人が知っているアイドルホースだ。
今日はこの馬について書いてみようと思う。

テンポイントは1973年4月19日に北海道早来町、吉田牧場で父コントライトと母ワカクモの間に生まれた。
デビューは1975年8月17日の函館競馬場、サラ3歳新馬戦。
良馬場ながら雨模様であったが、テンポイントはスタートから余裕のレースで直線の短い函館競馬場で2着馬に10馬身差をつけ圧勝し、さらにはレコードタイムのオマケ付きで才能の片鱗を見せつけた。
続くもみじ賞(京都・芝1400m 3歳500万下)でも2着馬に9馬身差をつけ、またもやレコードタイムでの圧勝。
当時の日本競馬界では、関東馬が猛威を奮い、関西馬は低迷し続けているという東高西低の図式が成り立っていた。
その年のクラシック戦線では、皐月賞・日本ダービーはカブラヤオー、菊花賞はコクサイプリンス、桜花賞・オークスはテスコガビーと関東馬の独壇場であり、その前年、前々年も関東馬が優勢であった。
それもあり、関西所属のテンポイントには打倒関東の期待が大いに寄せられたのだ。
デビュー3戦目は、3歳関西王者を決める阪神3歳ステークス(阪神 芝1600m)であったが、ここでもテンポイントは2着に7馬身差をつけ圧勝、実にデビュー戦からの3戦での合計着差は26馬身にもなった。
このレースで杉本清アナウンサーが
「見てくれこの脚、見てくれこの脚、これが関西の期待テンポイントだ!」
と言ったのは、今でも名言として残っている。
またこれにより、テンポイントの名は全国区に知れ渡ることになった。
1976年2月15日、年が明け4歳になったテンポイントはついに関東へ遠征、東京4歳ステークス(東京 芝1800m)に出走しクライムカイザーを抑えて優勝した。
勢いに乗り、今度はスプリングステークス(中山 芝1800m)で中山のターフに現れた。
しかし今度は今までのレースと違い、クビ差での辛勝。
内容もパッとしなかったが、何はともあれ5連勝を収めた。
そして、ついにテンポイントは4歳クラシック第1戦の皐月賞(中山 2000m GⅠ)に駒を進めた。
無傷の5連勝で挑んだテンポイントは、単勝1.7倍の1番人気に推された。そして2番人気は、テンポイント生涯のライバルとなる「天馬」トウショウボーイ。
関西のファンはテンポイントの勝利を信じて疑わない。
3コーナーから4コーナーでトウショウボーイが仕掛け始めると、テンポイントも外から上がっていった。
直線でトウショウボーイが先頭に立つ。
追いかけるテンポイント。
しかしその差は縮まらずトウショウボーイは圧勝で優勝、テンポイントはなんとか2着を守った程度。
まさに完敗だった。
しかしこの皐月賞、実は話に裏がある。
本来はこのレースは先週に行われるべきだったものなのである。
延期理由は厩務員のスト。
万全の仕上がりで来たテンポイントと、調整が遅れていたトウショウボーイ。
たった1週、されど1週。
1日の違いで調子がガラリと変わってしまう競走馬にとっては、まさに悲運な出来事だった。
だが、それを差し引いてもトウショウボーイは強い馬であった。
完全な状態で戦っても勝てたかどうかはわからない。
悔しさを秘め、テンポイントはクラシック第2戦、日本ダービー(東京 芝2400m)へ駒を進めた・・・

次回へ続く
# by hmforest | 2005-02-16 20:48
最近やることがないので
まず最初に報告。
一週間で体重マイナス3kg
マジでびびった。
この調子でもっと減らすぞーい!

2年ぶりくらいにDIABLOⅡをやってみた。
久しぶりにやるとなかなか面白い。
とりあえず2日目でシナリオ2にいけました(*´ー`)

さて、こっからしんどくなってくるんだな・・・ディアブロ。
パラディンはやっぱりきついわ・・・

DRなかなか調子が゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!!
さすが800ccのシングル(単気筒では世界一)だけあってVツイン並の音と振動だ・・・!
写真を撮ってやろう!と思ったら失敗してたorz
しゃあないので家の写真でも載せてみる('c_` )
思いっきりブレとるけど。
# by hmforest | 2004-12-12 17:40
さてさて
クリスマスが近づいてきました!
22日のKOTOKOさんのライブも気になるが、去年から2chバイク板で始まった

クリスマスパレードin関西
スレッドはこちら

への準備を着々と進めている俺。
実は去年、関東に一年遅れで始めることができたのも俺が仕掛け人だったりする・・・w
今年は南北分かれて途中で合流しようという話なのだが・・・
どうも話がまとまらない。
そこでまた勝手に南組を仕切ってみたりしました。
さて今年はどうなることやら・・・
今から楽しみだヽ( ゚д゚)ノ
ちなみに関西在住の方で参加される方、是非来てください。

それから、ついにDR800Sが届きました!
かなりかっこいい・・・マジで。
親には250とか嘘ぶっこいてますけどね(;´∀`)
ナンバープレートの緑の縁取りの意味(250cc以上を示す)を知らないだけに騙しとおせるのが笑える。
今年のパレードはこれで参加予定です。
# by hmforest | 2004-12-07 17:55
肉体改造宣言
いたしますヽ( ゚д゚)ノ
目標はヨン様と同じ体脂肪率3%!
まあできんだろうけどな・・・
イチローの6%ぐらいはいきたいかも。
ちなみに今はなんぼかっつーと・・・82÷1.76÷1.76≒26.4
きつー(;´∀`)
まあ実際骨の太さとか、筋肉の量とかもバラつきがあるから、この計算式は大概いい加減なものだと思うが。
だってこの計算式で3%の体重みたら約9.3キロ
どう見ても死んでますが?
おは朝宮根アナもやってたがかなりきついらしいねぇ・・・
まあ今回は本気ですわ。
デヴライダーなんてカコ悪いしな。

ちなみにAX-1、オイル漏れ出しやがった。
しかしよく見てみると、ある特定の条件下でしか漏れてない模様。
夜が明けると下にオイルのシミがあることから、夜間気温が下がってクランクケースの金属が縮んだ時に隙間から漏れてるようだ。
バラしてシールかえるしかないのかな・・・

そうそうそれから、久しぶりに新ゴーマニズム宣言を読んだ。
さすがよしりん、若者達のカリスマといわれるだけあるね。
興味ある人は、新ゴー宣読んでみるといいよ~
よしりんの考えに賛同しろとは言わない、読むだけでも政治や世論の勉強になるから。
併せて同じよしりんの「戦争論」なんかもオススメする。
# by hmforest | 2004-12-03 18:49
久しぶりの更新・・・ ふう~
最近やることないんだよなぁ・・・
TWもダレ気味だしね。
ちゅうことで今月限りで課金やめます。
なんちゅうかメイプルも限界来た・・・
盗賊選んだ俺が悪いのかも知れんが。
PSOも多人数ならともかく二人で戦うとなるとメテオ連打は気が引ける・・・
かといってヴァリスタで単体攻撃してると攻撃くらうし。
でも一人プレイだと遺跡はクリアが難しいと来たもんだ。
なんか行き詰ってきたわぁ('A`)
懐かしいSSがありますた。

ノーマルEP2クリアしたときと思われる。
って言うか誰か一緒にPSOやろうよ~
# by hmforest | 2004-11-26 06:49
隼復活記念に
ツーリング行ってきますた
相変わらずの無計画ぶりで、10時前に出るつもりが出たのは13時前(;´∀`)
とりあえず当初考えていた
紀泉高原スカイライン→R480→高野山
ということで出発。
以前は近畿でも指折りの酷ダートといわれた紀泉高原林道は、今は舗装されスカイラインとして生まれ変わったのである。
これにはダートツーリングが好きなオフ乗りは落胆したとか。
前置きはさておき、ここで写真を一枚。

撮る場所ミスったなぁ。景色がほとんど写っとらん。
で、ハイランドパーク粉川を越えてR24へと下るのだが・・・
道悪すぎ。
コンクリート舗装の急坂な為、前傾姿勢の隼ではかなりきついのだ;;
何度メットの中で「ティ○ポいてぇ~」と呻いたことかw
で、やっと下りきってR24→R480と進む。
なるほどツーリングマップルでオススメとなってるだけに、いつも高野山へ行く時に通る道より走りやすい。
こりゃ正解だったな~
んでまあ、高野山に着いたわけだが・・・
本来はここで一服して帰るはずが、龍神スカイラインの入口前まで来た時のこと。
「ちょっとスカイライン走ってみるか。護摩壇山で帰ってくりゃいいし。」
などと悪い虫が発生。
ちゅうことで迷いなしに龍神スカイラインに突入。
一昨年の10月に無料開放されて、R371となった龍神スカイライン。
変わらぬ顔で迎えてくれるのが嬉しい(*´ー`)
この道、相変わらずどっかで崩落あるのな・・・(←これが変わらぬ顔w)
まあ今日はマターリ来たんだしゆっくり行くか。
なんて思ってたのが蓋を開けると全開攻めモード突入。
などといっても膝擦るなんて真似は到底まだ出来ないのだが・・・
走ること2~30分、護摩壇山に到着する。
缶コーヒーを飲みつつ他のライダーを見てみる。
・・・オフばっかやんけw
ちゅうことで龍神の景色。

そしてごまさんスカイタワーとその他のライダーさん。

・・・と、一息ついたところでまた悪い虫がw
龍神組の冬のコースらしいR424行ってみるか・・・
準(々かもしれんw)龍神組としては一度走っておかねばw
ってことでR424に来たわけだが・・・
もう暗いぞ、オイ(;´∀`)
しかも前方に10台近いハーレー軍団発見。
遅すぎじゃおまいらヽ(`Д´)ノ
そんなこんなで帰ってきたのは19時過ぎてしまった・・・

なんか長くなりすぎたのでこの辺で終わっとくかw
ではまた今度・・・
# by hmforest | 2004-11-07 20:08
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