前回より続き・・・
皐月賞の雪辱を果たすべく、日本ダービーに挑んだテンポイント。
1番人気はトウショウボーイに譲ったものの2番人気に推され、鞍上は関西のスタージョッキー武邦彦(武豊、武幸四郎、両ジョッキーの父)に任された。
今度こそは、とテンポイントのファンは信じてやまない。
好スタートを切ったテンポイントは前方でレースを進める。
一方トウショウボーイは、先頭に押し出される形になってしまいペースを乱している。
これならいける、誰もがそう思った。
そして迎えたゴール前、そこには先頭を争うクライムカイザーとトウショウボーイの姿があるのみであった。
優勝はクライムカイザー、2着トウショウボーイ、そしてテンポイントは5着。
実に優勝馬と7馬身差という内容に、ファンの誰もが唖然とした。
テンポイントはレース中に骨折をしていたのだ。
残る4歳クラシック最終戦、菊花賞に黄信号がともった・・・
春のクラシックでは惨敗が続き、さらに骨折までしてしまったテンポイント。
しかし陣営の懸命の努力で夏を乗り越え、骨折もなんとか完治した。
1976年10月17日、菊花賞に向けテンポイントは京都大賞典(京都 芝2400m)に出走する。
古馬との初対決、骨折休養明けということもあり、人気は6番人気と今までで1番低いものとなった。
レースも1着という訳ではなかったが、3/4馬身差の3着。
その時の杉本清アナウンサーが最後に言った、
「今日はこれで十分だ、テンポイントはこれで十分だ」
という言葉に、吉田牧場の奥さんは思わず涙したという話がある。
ファンにとっては、骨折休養明けのテンポイントが、無事に走ってさえくれればよかったのだ。
一叩きして迎えた菊花賞(京都 芝3000m)ではトウショウボーイ、クライムカイザーに続く3番人気であったが、2頭に比べてやはり人気には差がつけられた。
スタート後、テンポイントは好位に下げ、そこへトウショウボーイが並びかかり、お互い牽制し合うようなレースを進める。
クライムカイザーは中団で待機し、チャンスをうかがっている。
3コーナーあたりでトウショウボーイは仕掛けていったが、本来スピードがある代わりにスタミナに不安のあるトウショウボーイにはいつものキレがない。
テンポイントがあっさり並びかけ、先頭に立つ。
クライムカイザーは馬群にのまれたせいで上がってこれる状態ではない。
この時、全員が勝利を確信した。
「それ行けテンポイント、鞭など要らぬ、押せテンポイント」
杉本清アナウンサーの名言である。
だがしかし、その瞬間に最内から1頭の馬が姿を現した。
緑のメンコ(馬のマスク)をつけた黒い馬体はみるみるうちにテンポイントに迫り、そして抜き去った。
その馬こそ、後に「TTG3強」と呼ばれる1頭、グリーングラスであった。(TTの2頭は言わずもがな、テンポイントとトウショウボーイである)
トウショウボーイに先着はしたものの、ついに4歳クラシックでは無冠で終わってしまった。
そして、暮れの有馬記念(中山 芝2500m)に出走したテンポイント。
人気はかなり割れたものになり、出走頭数14頭で単賞人気10倍以下が6頭という中、テンポイントはトウショウボーイ、エリモジョージに次ぐ3番人気に推された。
レースも有馬記念史上最速となる非常に速いペースで前半が流れた。
トウショウボーイは5、6番手でレースを進め、テンポイントはそれを見るように内を進む。
徐々に外へ持ち出し、3コーナーで仕掛けるトウショウボーイ。
テンポイントも負けじと仕掛け・・・られない、ハイペースで足を使い果たした先行馬が壁となり、行き場をなくしてしまったのだ。
慌てて外に持ち出したものの、4コーナーで外に振られてしまうという不利を受けることになる。
結局、トウショウボーイを捉えきれず、2着に敗れてしまう。
皐月賞から5レース、優勝から遠ざかってしまっている。
こうしてテンポイントの4歳は終わりを迎えた。
次回へ続く